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近江牛はブランド牛のなかでももっとも歴史が古く、松阪牛、神戸牛と並んで日本三大和牛と呼ばれています。
さて、その“近江牛”ですが、近年その出荷量が減少しており滋賀に住んでいても、なかなか口にすることのできない希少な存在となりつつあります。

400〜500kgからなる近江牛が希少ならば、その大きな牛からとれる内臓肉、いわゆるホルモンはどうでしょうか?右近を開店するために、県内の精肉業者、肉店をくまなく歩き、そして探しまくりました。ところが、胸を張って出せるような新鮮なぷりっぷりの近江牛ホルモンに出会うことはできませんでした。 「和牛のホルモンさえ手に入らへんのに、近江牛のホルモンはあらへんで〜」 どこへ行ってもこう言われます。
数十年前にブームを巻き起こし、日本中にブームを巻き起こした“もつ鍋”ですが右近ではそのブームを再現しようとか、そんなことを思っているのではありません。遠い昔に、鮮明に記憶に残っている、あの甘くてなんとも美味なもつの食感、おばあちゃんが野菜と一緒に煮込んでくれた懐かしい味。ブームに左右されることなく、本当においしいもつ鍋を食してもらいたい、そんな想いで作り上げた「右近」です。
これだけ探しても近江牛ホルモンが見つからないと諦めかけていたその時、ついに出会うことができたのです。
粘ったかいがありました。諦めずに探したかいがありました。脂がプリプリした甘くて幼いときに食したそのままの味に出会うことができたのです。スープはこの日のために、門外不出と言われている3種類のスープをすでに完成済みです。このスープを完成させるために、じつに3年の月日を費やしました。風味豊かで、近江牛ホルモンとの相性は想像を絶するおいしさです。そして、近江牛のユッケやタタキといったメニューも見逃せません。近江牛と言っても、すべておいしいわけではありません。
右近のユッケやタタキに使用している近江牛は、市場に出回っている近江牛のなかでも最高品質にランクされているものばかりを厳選しているのです。さらに、これだけの素材を盛り付けるのには、器にもこだわりが必要です。
滋賀と言えば、近江牛の他にも有名なものがございます。多くの方がご存知かと思われますが、“信楽焼き”200年の歴史を誇る、信楽焼きの窯元、明山窯8代目に特別に焼いていただきました。
さて、常識を覆すほどおいしい右近のもつ鍋そして、どこよりもおいしい近江牛のユッケやタタキなど、バラエティーに富んだ梅酒の品揃えも見逃せません。旨い否かは、ぜひあなたの舌でお確かめください。

ホルモン(もつ)
近江牛のホルモンだけを厳選しています。 近江牛は約400年の歴史があり、日本最古のブランド和牛として 松阪牛、神戸牛とともに、日本三大和牛と称されています。 近江牛のホルモンは産地の滋賀でもお目にかかることが少ない 希少な存在です。その近江牛からとれるホルモンだけを ご提供させていただいております。
豚肉
鹿児島県鹿屋市を中心にした農場で育てられた「薩摩清浄豚」を使用しています。 生産農場は、鹿児島県の北北東部、霧島連山の西側に位置し、近くには霧島屋久国立公園、銘水百選池湧水や川内川等すばらしい自然に恵まれています。まさに豚を飼育するのにこれ以上ないといった環境です。
鶏肉
鳥取県は大山の麓で70日〜80日と長期飼育でしっかりと育てられた大山どりを使用しています。 歯ごたえ、食感が抜群です。
赤こんにゃく
文献として、正確な資料は残されていませんが、この赤いこんにゃくは織田信長にゆかりがあるといわれています。 近江八幡では、古く平安時代に中国から伝えられた鎮護円家、五穀豊穣を祈って行われる「左義長まつり」が有名です。「信長記」には、安土桃山時代、時の武将・織田信長が、自ら女装し踊り出し、この祭りをより一層盛大なものにしたと記されています。以来、町の若衆が女装して山車をかつぐという形で引き継がれ、奇祭として広く知られるようになりました。 こんな派手好みの武将・織田信長が、こんにゃくまで赤く染めさせたのが、近江八幡の赤こんにゃくの由来といわれています。また、左義長まつりの山車に飾られる赤紙にヒントを得て、近江商人が考案したともいわれています。 織田信長好みの赤こんにゃく。そんな歴史に思いを馳せて、食してみるのも楽しいかもしれませんね。 この独特の赤色は、三二酸化鉄という食品添加物によるもの。「栄養がない」と思われているこんにゃくですが、食物繊維を豊富に含んでいるほか、カルシウムも牛乳に匹敵するほどです。さらに赤こんにゃくなら、身体に欠くことができない鉄分も補給できるというわけです。鉄分、カルシウム、食物繊維などが不足がちな女性には特におすすめの逸品です。ノーカロリーなので、もちろんダイエット食としても注目です。
器
右近で使用している器(一部を除く)は信楽焼きを使用しています。 信楽焼の特徴は、土中の鉄分が赤く発色する火色や、窯のなかで炎の勢いにより器物に灰のふりかかる、灰かぶりの現象による自然降灰釉(ビードロ釉)の付着、また、薪の灰に埋まり黒褐色になる「焦げ」も含めた、炎が生み出す独特の焼き上がりにあるといわれています。 信楽焼きの窯元、明山陶業は初代、石野伊兵衛から続き現在では8代目となり、その歴史は約200年。 鎖国時代の真っ只中、徳川幕府が善隣友好として朝鮮通信使を招き文化などの交流が盛んに行われていました。 石野伊兵衛は、その日韓交流のかけ橋の一翼を担い、徳川幕府から命じられて朝鮮使節団の饗応の為の食器を作られた歴史が残っています。